アウトプットする意識がないと自分の中に何も蓄積されていない
毎日毎日、そこそこ頑張って生きている。仕事もそこそこやっている。そんな状況だけれども、自分の中に何かが蓄積されているか?と自問自答してみるとあまりそうではない。
目の前の仕事やし生活のやらないといけないことはちゃんとやっている。本や映画もそこそこ楽しんでいる。出かけたりもする。
いろんな刺激はあるはずだけど、それに対して自分が何を感じたのかを言語化していないと自分の中に蓄積されている感じがしない。
昨日の自分、1週間前の自分、1ヶ月前の自分。と今の自分。
何が成長していますか?何を新しく学びましたか?と問われると答えられない。なんとなく毎日生きてるだけのような気がする
アウトプットしないとけないという気持ちだけで世界の見え方は変わる
そんな想いがあるからこそ、ひっさびさにブログを更新している。
アウトプット=誰かに伝える
はほぼ同義である(日記とかは別だけど)と思う。となると、アウトプットすることを前提で自分が日々、見て、聞いて、感じていることを捉え直すと身の回りの風景は全然変わってくる。
例えば、何か本を読んだり・資格の勉強をしたりするときに本を開きっぱなしにしたいという想いが私にはある。このときに、使っている本のための文鎮みたいなアイテムがある。
これも自分がただ使っているだけなら「便利だなー」で終わり。
けど、アウトプットしようと思うと「何が便利なのか?」「便利だけど費用対効果は?」「その他のアイテムと比べて何がいいの?」みたいなことを自然と考えるようになる。
つまり、アウトプットしようと思う気持ちは世界の捉え方の選択肢を自然と広げてくれるのだと思う
アウトプット、アウトプット、アウトプット
とりあえず、ここまで自分の頭で考えることができたのなら、アウトプットを少しでもいいから継続していこうと思う。多分この習慣が自分の世界を広げると思う。
アウトプット、アウトプット、アウトプット。
この精神で行こうと思う。
コメント