過去の自分に、自分の未来を縛られなくてもいいのでは?
先日、たまたまXでこんな記事を見つけた。その内容がめちゃくちゃいい!と思ったので、自分が感じたことを書いていきたいと思う。

就活の時も、自分のキャリアを考えるときも、過去の自分を振り返って「原体験から自分の求めていること・目指しているもの」を設定しましょう。というのはよくある話。
自分もこの意見に完全同意で、自分の原体験に合うかどうか?ということが一つの判断軸となっていた。
確かに、原体験に裏付けされた行動というのは理にかなっているケースは多くなるはず。
一方で、原体験に裏付けられていない行動は自分の選択肢から排除されるというのはもったいないのではないか?というのが上記で紹介した記事には記載があった。
確かに、過去に経験したことがないというだけでその選択肢を除外するのはもったいないし、可能性を潰しているとも思う。
今の自分が過去の自分になり、それが原体験となる
記事の中ではダルビッシュさんの例として出てきたことがまさしくだと思った。
例えば、自分が60歳で20代に戻ってきている状態が「今」だと認識するのとしないのとでは全く違う選択と行動になると感じる。
なぜなら、60代を想像したときに「あれをやっておけばよかった」というような後悔を認識して、「今」から対策を打てるから。
このような想像をしない場合には、目の前のことに精一杯でその年月の積み重ねの結果どのような後悔が残るのかは歳をとってみないとわからない。という状態になる。
一方で、60代から今の自分に戻ってきたとしたならばその当時に後悔しそうなことに対して、後悔しないように行動ができる。
となると、未来の自分が後悔しそうなことを今からやる。それに原体験は関係ない。という意識で生きて行った方がよっぽど幸せだなと感じた。
未来の自分から見れば、「今の自分が過去の自分になり、それが原体験」となる。
そんなことを考えていると、ちょっと前に出版された「歴史思考」という深井龍之介さんが書いた本の内容が思い出される。
その本にはこんな言葉が出てくる。インドの独立に貢献したガンディーの言葉だそうだ。
「歴史について知っておくべきことは、あることが過去に起こらなかったといって、それが将来、絶対に起こらないとは限らないということです。」
今回の記事と併せて考えると、原体験がなかったからといって、それに関連する行動ができないするべきではないということにはならない、ということ。
未来から見た原体験を今、つくる。
そんな気持ちで毎日を過ごそうと思う。
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