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何かを学ぶことにも慣性の法則はある

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学ぶことをやめたら、再び学びはじめることのハードルが高くなる

学ぶことをやめると、再び学びはじめることへのハードルがかなり高くなってしまうと思う。

特に顕著にこの「学ぶことへの慣性」が働くのは仕事だと思う。特に中堅以上だと特に。

現代は新しい情報が毎日バンバン流れてくる。変化のスピードも早い。となると、毎日膨大な量の情報の中から自分が学びたいこと・学ぶべきことを取捨選択し積み重ねていると相当な知識量になる。

一方で、学ぶことをやめて何となく仕事をしているとあっという間に積み重ねている人との差ができてしまう。

この学んでいない状況になると一気に負の連鎖が回りはじめる気がしている。

学んでいるならば、同じ知識を持っているもの同士でさらに学びを深めることができる。学ぶことを続けているということはそれなりに意欲もあるはず。だからこそ、どんどん次の知識へのアンテナも鋭くなり始め、学びが加速する。

学びをやめている場合は、まず話についていけなくなる。そして、学んでいない人がへたに発言すると抽象度が高い話か微妙にずれている話になりがちになる。

その抽象度が高い状態で会話していると、間違っているわけではないので周りの人は受け流す。

微妙にずれている話をすると、周りが指摘してくれることもあるが、学んでいない人は知識がないためその指摘が何を指しているのかもあまり理解できない。

こうなってくると、学び直さないと、、、という危機感が生まれる。

しかし、厄介なのは学び続けている人の積み重ねとは差がついているので巻き返すことが難しい。

こうなるとどうなるか。

もちろん、学び直す人もいるだろうが、多くの場合は諦めるか、学び直しの必要性があまりないところに手をつけはじめる。手っ取り早くキャッチアップできそうなところの学びを深めようとする。

しかし、周りの誰も学ぼうとしていないことはその組織では求められていない可能性が高い。必要性がないから誰も学んでいないケースがほとんどではないだろうか。(趣味なら別だが)

そして、誰も学んでいない(あまり必要とされていない)ことへの知識をつけはじめると自分が賢くなったように錯覚する。

こうなると、あまり必要とされていない学びへの学習が加速する。これがさらに、本来学ぶべきことへの学びのハードルを高くする。

昨日の自分より今日の自分は何を学ぶことができたかを問い続けられる人になりたい

ここまでの話はかなり抽象的になってしまった。

要は「学ぶことをやめない」ことが重要だということ。

学ぶことへの慣性はあると私は思う。どんな小さなことでもいいのでとにかく学ぶことをやめない。何かしらを学んで1日を終える。

昨日の自分より今日の自分は何を学ぶことができたかを問い続けられる人になりたい。

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